仮の宿

平仮名の映画会社「にっかつ」の助監督(助監)試験を蹴ったマリオは、なぜか東京の23区のはずれ、練馬区大泉にあった東映の撮影所内を走り回っていた。腰には、大工さんが使う布製の袋をさげ、中に軍手とチョークとカチンコを入れていた。なぜか丸めた台本は、ジーパン(注:ジーンズのこと)の尻ポケットに無造作に見えるように突っ込んでもいた。
そう。マリオは試験も受けず、東映大泉でフリーの助監となったのだった。ここに至る経緯を語り出すと、またまた脱線しそうなので、いまは、さらりと「酒の縁」とだけ謎をかけておこう。もしも、どうしても知りたい、そういう映画界を目指す青年がいらっしゃったら、酒の肴に語り明かしてもいい。
それにしても、にっかつでは助監試験に落ちたのに、東映ではフリーとはいえ、助監の仕事にありつけるということは、そのまま、にっかつと東映のブランドの差を表してるといえるのかもしれないが、それは、口が裂けてもいえなかった。
このころ、じつは、予備校や私立中学で理科や数学を教えるという今思うと冷や汗が出るような詐欺行為にもあたるようなことも一方でしでかしていた。世を忍ぶ仮の姿と言うほかない。
ところで、理科系の学部を人よりじっくりと時間をかけ卒業した世間知らずの田舎出マリオにとって、カチンコというものがナンのために必要なのかも、じつは解っていなかった。監督の「よーいスタート」を合図に、カメラが回る。数秒たって、カメラが定速で回り始めたときに、カチンコを鳴らす。撮影が終わってフィルムを編集するときに、このカチンコの鳴る瞬間で、フィルムと音声テープをシンクロナイズさせるのだ。別にだからといってみんなでウォーターボーイズをする必要はない。
このカチンコの「カチン!」の瞬間が、まさにスタートなのである。その音を聞いて、初めて俳優は芝居をするのだ。監督は、その前段階のかけ声をかけるに過ぎない。キャメラマンにも癖があるようで、監督の「よーい…」で、フィルムをスタートさせる人もいたし、「スタート」を聞いてから、回す人もいたようだ。とにかく、監督の「スタート」の声を聞いてから、落ち着いて鳴らせばいい。ただ、あまりに時間をおくと、高価なフィルムがカラカラと音を立てて無駄に回ってしまう。
ところが田舎育ちで貧乏性のマリオは、監督のスタートの大声でびっくりしてしまい、即座にカチンとならしてしまうのだった。高価なフィルムの消費を抑えようと考えていたともいえる。すると、キャメラマンが「まだ回ってないぞ」と怒鳴る。録音技師も、にやりと首を横に振る。「やりなおし」その目が言っていた。
仕方なく、一同最初の位置について、もう一度、ということになる。俳優に同じことをもう一度やってもらうことになる。このとき、助監督マリオが現場の中心だったといえる。言ってみれば、マリオがダメ出ししたことと言い換えることもできるのだった。それにしても、情けないことではあったことだなぁ、いとあはれ。
ストーリーが大詰めを迎え、盛り上がってくると、女優さんのドアップから始まることが多くなる。例えば、目に涙をいっぱいにためて、今にもこぼさんばかりで準備していたりするのだ。カメラがねらっているのは、画面いっぱいの女優さんの顔だ。そんなときには、女優さんの顔のすぐそばにカチンコを構えて、軽くカチンと鳴らさないといけない。チョークの粉が舞い散らないようによくよく落として、顔のすぐそばで待機する。集音マイクもすぐそばにぶら下がっている。もしかして、マリオの鼻息をマイクが拾っているかもしれない、いやきっと盗聴しているに違いない。だから、カチン、と小さな音でいいのだ。大きな音をたててしまうと、女優さんの涙だって引っ込んじゃうかもしれないのだ。
ここまで女優さんの顔に近づくと、なんだか他人とは思えなくなる。長い黒々としたまつげを見つめていると、カチンコで挟んでしまいそうな、恐怖心が押し寄せてくる。いや、いっそ、挟んでしまいたくなるのが不思議だった。
それにしても、綺麗だなぁ。あ、こんなところに、ほくろだ。へー。これが、カラスの足跡ってヤツかな? はー・・・。
嗚呼、息がかかったぞ・・・。あ、目が合っちゃった。まずい、硬直して、手が震えだしちゃった。監督、早く、スタートしてくれないかなぁ。
「よーい。スタート」。きた! 静かに、スマートに鳴らすんだ。
「スカッ」
あれ? 焦っていて、カチンコがかみ合わず音が出なかったのだ。とほほほほ。
こんな失敗、いくらでもあげられるが、全部打ち込んでいたら腱鞘炎になってしまいそうなので、これで打ち止めとしたい。
「おつかれさま」
初日の撮影がこうして無事終わる頃だった。製作のお偉いさんが監督にマリオのことをなにやら言っていた。もしかして、褒めてくれるのかな?ん?「使えない」え? ドキッ。まずい、クビか? たった1日で。
監督がひと言いってくれた。

誰も最初からできるやつはいなかった

このひと言でマリオは救われたのだった。この監督、現在も2時間ドラマの巨匠として、ご健在である。火曜サスペンスなどで女優を撮らせたら右に出るものはいないだろう。いまも、ラテ欄でそのお名前を拝見するだけで、思わず手に力が入り、あのときの鳴らなかったカチンコを鳴らそうとするのだった。ただ・・・。撮影や録音のおじさんたちはこう言って慰めてくれた。「カチンコがうまいやつで、いい監督になったやつはいないよなぁ」。一理も二理もありそうだ。まことに、九里よりうまい十三里であることだなぁ。